姫路港ひめじこう今昔いまむかし

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現在のフェリー乗り場あたりに
洋風の灯台があって
珍しい緑色の光を発していました。

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野田川河口の東防波堤より西を望めば
同じ燈台が見えました。

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大正時代、堪保松の鼻より南を望めば
帆別所(税関)の建物が見えました。
現在は、六階建ての
ポートセンタービルになっています。

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野田川河口の国鉄飾磨港東付近より
南を望んだ景色です。
樹の茂っているあたりが
当時の堪保船溜入口でした。

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西方より御台場(おだいば)跡を
望んだ景色です。
御台場は徳川幕府の令により姫路藩の手で
文久三年(一八六三年)に
つくられたそうです。

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御台場からも燈台や
にぎやかな海水浴場が見えました。
現在は、駐車場、フェリー乗場となっています。

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野田川河口、
堪保入口付近の北を望んだ景色です。
昔の写真の左端に海神社が見えます。
現在、海神社は
七十メートルほど西へ移転しています。

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野田川河口の東防波堤より
西北の堪保入口方向を望んだ景色です。
この二枚の写真は、
新旧とも同じ防波堤の上から撮影しました。

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堪保船溜の風景です。
昔の写真に写っている左の松林は御台場、
右の建物は遊郭でした。

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飾磨海水浴場です。後ろは御台場。
戦後埋め立てられ埠頭となりました。
御台場あとには兵庫県姫路港管理事務所と
合同庁舎が建っています。

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須加物揚場の戦後間もない頃と
現在を比べてみると、
同じ家並みが点々と残っているのが
わかります。

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戦後間もない頃に建設される
公共埠頭の風景です。
ほぼ同じ位置からの現在を
撮影してみました。

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昭和二十六年頃と現在の風景です。
六本煙突は飾磨火力。
左下部の建物は海神社です。

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姫路港管理事務所付近の
昭和二十六年頃から現在までの風景です。
遠方の建物が関西電力姫路第一発電所です。
昭和26年頃
昭和43年頃

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公共岸壁を望む風景です。
現在は芝生公園となり、プロムナードなど
憩いの場に生まれ変わっています。

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姫路埠頭(株)社屋付近の風景です。
岸壁には高潮対策の防潮堤ができるなど、
大きく変化しました。